あなたは愛されています。

report by 西本 洋一(CS湘南) 2013 April

 

2012年11月20日、朝、目覚めと同時に、胸に異常な痛みを覚えた。痛みは数分で耐えられない種類に変わり、生まれて初めて「死」を感じた。隣で寝ている妻を起こそうとしたが、苦しくて声が出ない。夢中でもがき続けると、叫び声が出た。飛び起きた妻へ「救急車!」と一言だけ伝えた。救急車が来るまでは、意識を保とうと必死に苦しみに耐えた。駆けつけてくれた救急隊員と言葉を交わしたことは記憶にあるが、内容は覚えていない。薄れいく意識の中で、一言だけ祈ることができた。「主よ、全てを御手に委ねます。」緊急搬送され、集中治療室(ER)で緊急手術。この間も記憶がところどころ抜けている。意識が戻った時は、家族の顔がベッドを囲んでいた。「命」がはかなく、有限であることを初めて知った。

 ずっと、自分のことを好きになれなかった。自分に価値を見いだせなかった。無力な自分を赦せなかった。16歳のとき、父が他界。経営していた会社は倒産。生活は一変した。働きながら大学を卒業。上場企業に就職。他人から認められたい、認めさせたいと必死で働き続けた。「価値があるもの」になりたかった。地位や収入が自分を計るものさしになった。35歳で最初のヘッドハンティング、50歳前までに7回の転職。その度に地位や収入は上がっていったが、満足することはなかった。1日18時間から20時間、働き続けた。家族も大切にしているつもりだった。

 どこまで行っても灯りひとつ見えない道を歩き続けた。誰かに助けてもらいたかった。心も身体も疲れきっていった。そんなとき、イエスと出会い、5年間を経て、1999年に受洗。やっと、平安が得られる、そう思った。礼拝はもちろん、教会では積極的にミニストリーに加わり、聖書も読んだ。それでも、「自己拒否」は変わらなかった。

 「『あなたには価値がない』『愛されるに値しない』と呼びかける声を私たちが信じるようになると、次は成功、名声、権力を求めることこそが、その問題を解決する魅力的な手段のように感じられます」(ヘンリー・ナウエン『愛される者の生活』)

 働きづめの生活はより激しさを増し、そして、3度、病に倒れた。鬱病。3度目は長期間放置したため、苦痛に悶絶し、生きていることを呪った。廃人同様だった。それでもまだ「自分の価値」を求め続け、ありのままの自分を拒絶し続けた。「健康的な自尊心を持つ。ありのままの自分を愛せないものが隣人を愛することはできない」(2013年2月3日 New hope yokohama 真島牧師メッセージ)

 同様に自分を赦すことのできない者が、他人を赦すことができるはずがない。神様は私がどんな状況にあろうともずっと愛し続けていてくれていることを自ら拒否し続けてきたことさえ、気づかなかった。「わたしの目には、あなたは尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)

 「あなたは愛されています」、「私は愛されています。」私にとって、この言葉を受け入れることは、容易なことではなかった。この先、新たな試練が待ち受けているかもしれない。でも「愛されている」ことはもう忘れることはない。今私は。「生きている」だけで幸せ、毎日主の恵みを感じている。サーフィンは、その恵みをより強く感じることができる。私にとって「祈り」の時。「神様との対話」の時でもある。1本メイクできたら、空に向かって叫ぶ。「Thank you Jesus! 」Who do you surf for? ハレルヤ!

 この場をお借りして、療養中、祈ってくださったCSJの皆様、教会の皆様、そして私と共に苦しみながら、支えてくれた妻と二人の子どもに、心から感謝します。                                                  主にあって